NAHO 版の Get wild が好きだ
どうも。
なぜ一ヶ月も何も書かなかったのか。
それは忙しかったからである。

相変わらずわかりやすいのがモットーの久川です。
忙しかろうが何だろうが、日課のラジオのサイトはきちんと更新しているところがとてもエライ。

このひと月だけでも、東京では気違いが刃物持って暴れるわ (同い年つながりということで、叔母さんからメールが来た。俺に対して非常に失礼です !! ) 中国に続いて東北でも地震が起こるわで、21世紀はじまって早々、地球は世紀末の様相を呈しているようですが。

論語やらニーチェやら日本仏教史といったお題の本を読む傍ら FLASH がどうの CSS がどうのといった本を読んでいると、何が現代で何が過去なのか分からなくなってきます。

それでいて、俺のメシのタネになるのは FLASH がどうの CSS がどうのといった本に書かれているほうであって、論語やらニーチェやら日本仏教史といったお題の本は、俺の人生の後方支援はしてくれるかも知れんが、ぶっちゃけ俺に一粒のコメも与えてくれないのが面白いところ。

ツレにこの話をすると決まって笑われるのですが、俺は小さい頃から 「ぼんやりとした強迫観念」 に囚われていて、たとえば数学。俺は昔から算数が苦手で、とにかく数字にまつわる勉強はできなかったし、今でもあの 【微分積分】 というやつはできる気が全くしないし、その一方、できなくて困った事も未だかつて無いのですが、こういう 「できない」 ことを残して俺が死んだら、漠然と、あの世で復習させられるような気がしているのですね。
あの世のエライ人が出てきて 「いずれ天国へは行かせてやるが、オマエは下界で数学ができなかったからダメ。俺の出すテストで 80 点以上取ったら往生させてやる」 とか、もし言われたら俺はどうすればいいのか。

だから、イマイチはっきりとは理解していなかった孔子も孟子も韓非子もクリアして、一般人がドキュメンタリー番組を見て手に入れる知識のちょっと上の知識を蓄え、分からないことを、生涯掛けて一個ずつ無くしていこうと考えておるのです。んで、俺の計算では、微分積分に辿り着くのがちょうど 45 歳ということになってます。算数弱いんで、そのへんの計算がもうズレてるのかも知れませんが。

そういったわけで、この日記はしばらくお休み。

なぜお休みか。
俺は論語もニーチェも学ぶが、五十六十になって食いっぱぐれないためにも、ここらでちゃんとデザインも学びたいから。

いや、ガンダムとか銀英伝のサイトは、一応のコンテンツはしっかりしてるんで (かなり粗いっちゃ粗いけど) 次はデザインをキチンと整えていこうかと考えておるのですよ。情報もリアルタイムで、インタラクティブでなんてのは、仕事でさんざんぱらやらされてるから別にいいけど。

絵もたっぷり盛り込んで。俺は仏教史もデザインも学ぶが、ギャル絵のデッサンもちゃんとやっていきたいのココロ。自分で作っておいて馬鹿にしてたけど、金魚のサイトなんて、デザイン的には一番遊びごたえがあるんじゃなかろうか。POSER 買っちまったよ。これ使うよ俺は。

今日はそういう報告。
いわゆる 「器用貧乏」 になっていく決意の報告でした。
新説!?日本ミステリー
どうも。誰だか知らんが、『相棒』 のシーズン 2 の最後を早く返却してほしい久川です。
続きが気になって眠りが浅いじゃないか。でも眠れないことはない。

『相棒』 にやばいぐらいハマってますが、このドラマ、真面目に書かれたエピソードより、行方不明の社長の誘拐話とか、冷凍イカで刺し殺す話とか、ふざけた事件を水谷豊が真顔で解決する様のほうが面白いですな。

それはそうと。

この頃テレビをさらによく見るようになったのですが、『新説!?日本ミステリー』 は、みのもんたの特番時代から比べてググンっと良くなってますな。
異説を大々的に紹介することで視聴者の関心を高め、かつ通説寄りにリードすることで信憑性の担保に努める一方、あまり歴史通とも思えないゲストに判断をゆだねることで、カルト宗教の勧誘のようにならぬよう気づかわれているのも窺えます。みのもんたの催眠商法みたいな番組だった頃とは大違い。「興味深さ」 と 「信憑性」 のバランスがとても良い。

今になって思うと、ゲストで出ていた荒俣宏さんは何故なんにも言わなかったのか。
番組の空気を壊さないために腹の中の正論を押し込めるのでは、それこそ曲学阿世のテレビ御用学者ではないか。「日ユ同祖論 ? 見識ある大人の信じる話じゃありませんね」とハッキリ言ってやればよかったのだ。
妖怪や UFO なんぞ信じようが信じるまいが別に困る人間はいないが、誰が見ても明白な歴史のウソが流布すると、東日流外三郡誌やら慰安婦の強制連行というフィクションを未だに信じてる連中がいるように、消そうとしても消えなくなる。ウソがメシのタネになるからだ。それでも日ユ同祖論なり邪馬台国四国説を報じたいのなら、「この歴史番組はフィクションです」とか「数ある仮説のひとつです」とかキチンと書かないといけないだろう。
ペットボトルに小便溜めて古文書偽造していたオッチャンの与太話に学者や知識人が振り回されたのは笑い話にすぎないが、それを全国ネットで解説するのは電波の悪用だと思ったりしたのです。

それはそうと。

J-CAST では、放送室の批判がいろいろ言われているようですが。
「そんなこと言ってたっけ ?」 と思って録音した MD を流し聞きしてみたものの、うーん、俺も、世間一般の擁護と同じ意見ですな。

すなわち、「トーク全体は "自殺を減らす" という要旨で語られているのだから、枝葉の部分は勘弁したげるべき」 という。確かに、あの言い方では批判もされかねん気もするのですがね。

一方、俺個人としては、自殺に他人を巻き込む連中、たとえばパルコから飛び降りて巻き添えにサラリーマンを殺した小娘 (結局送検されたようですが) とかを口汚く罵りたくなる気持ちはあるわけで、今回の毒ガスブームでも巻き添えで倒れた人がいましたが、俺は、他人に理不尽な死を強いる全てを憎みます。

さらにその一方、自決者すべてを悪し様に言う気もなかったりする。
義経や信長、西郷どんが希代の英雄である点は変わらないと思うし、腹をかっさばいた三島由紀夫と俺、一体どっちが胆力があって立派な人間かというと、3 対 0 のユナニマスディジョンをもって俺の負けだと思うのです。

まあ、こんなことで打たれ負けしてしまうタレントさんではないと思うので、今まで通り面白い話を聴かせて戴きたいものです。一ファンとして。

今日はそんなお話。
相棒 -劇場版- 絶体絶命!42.195km 東京ビッグシティマラソン
どうも。GDW 改装ではご迷惑をお掛けしております。あともちっとで終わるので、居間でお茶でも飲んで待っててください。そのあとで、"凝ってるけど見やすい" という素晴らしきレイアウトに変化させてゆく予定 (指パッチン) 。皆さん請う御期待ということでお願いします。いや、中身は変わりませんけどね。

えーと久川です。冒頭で言いたいことは全部終わりました。

そうそうそう。

『相棒』 の映画を見に行きましてね〜ェ (←右京さん風)
結論から申しますと、良かった。とても良かった。

映画版の 『ケイゾク』 も 『踊る 2』 も、最後の十数分が鬱陶しいというか浮いて仕上がっていた記憶があるのですが (朝倉が爆弾持って突っ込んでくるシーンとか、湾岸署は血液を求めていますのシーンとか) 。

この 『相棒』 はキャスティングが豪華な上に、イラク人質事件のとき国論を分けた "自己責任" に対する批判を含んでいるなど、ほどほどに内容も濃く、ドラマ版をここしばらくズラズラズラっと借りて観てるのですが、犯人自白または逮捕後にいつも挟まれる不自然な尻尾部分が、こちとら映画では "尻尾" ではなく "御味噌" に昇華されていて、最後までタルミなく観ることができました。とかく "一敵キャラ" として、自供後はポイっとされがちな犯人の人生が、なかなかに深く描かれていた点が素晴らしい。
二時間の映画を一時間半ぐらいに感じたということは、これは楽しかったといえるのでしょう。俺の体感時間がそう言ってます。

今日はそんなお話。

ただどうしても気になるのは、水谷豊が激高すると、俺の中で笑いのスイッチが入ってしまうのはどうしてなのでしょうね〜ェ (←右京さん風)
逆襲の GDW
どうも。とりあえず GDW のスタイルシート化 (前哨戦) を終えた久川です。
ページ数は 250 を越えましたが、文章量と文章力は何一つ変わっておりません。

ある組織の方々が、あまりにみんなして CSS 、CSS と言っておられたので開眼しました。
ピカアァァァァァ (開眼のSE) 。おチャクラ全開・悟りで GO 。今までも一部分では使ってたんですけどね。
結果としてあまり縁のある方々ではなかったのですが、あらゆるものから知識を取り込んでいこうという俺の方針により、かくのごとく GDW が再出撃を果たしたワケなのであります (半日で覚えた付け焼き刃 CSS なので、ウチの環境では見れないゾナーという不備があったら素直にスマン) 。

あらゆるものといえば、個人的に 『相棒』 がマイブーム。
『踊る』 に 『ケイゾク』 と、OL のクチコミで人気が出るような刑事ドラマには必ず足を引っ掛けている俺ながら、いささか遅すぎる参戦と相成りまして。映画でも行ってこようかな。

しかしこのドラマあれですね。毎回毎回最後の 10 分がクドイですね。
土曜ワイドだった頃の名残だと言われればそれまでなのですが 「断崖でやれや」 と言いたくなるぐらい、犯人喋りすぎ。

もっとも、人間を描いているといえばその通りなのですがね。
ケイゾクだと、渡部篤郎が蹴っ飛ばして終わりだもんな。

「あんたに私の気持ちなんか分かるか !」
「わかりたくねーよー。そんなものー…」 (バキッゴキッ)

それはそうと。

『地球テスト』 などを見ていてふと思ったのですが (久川はいつも環境問題に関する話になると同じ事を言っているので、今日は違うお話を) 。

人知の及ばぬような、洒落にならない壮大かつ壮麗な景色を前に、「こんな素晴らしい地球の環境が失われていく…」 とか呟きながら、目を真っ赤にしているミステリーハンターがおられますが。
この感動は、おそらく感性のある者なら万人が味わえるものであり、その涙にウソは無いとは思うのですが、それは (当然といえば当然ながら) その光景を実際に目の前にして初めて感じられるものであり、ブラウン管越しに伝わるものではなく、伝えられたと言ってもらっては困ると思うのです。

俺はオーロラもピラミッドも本やテレビで見たけれど、では 「お前はオーロラやピラミッドを本当に見たか ?」 と聞かれると、俺は 「見たことがない」 と答えるしかありません。だから実感がわきません。人間 "体学問" に勝る学習は無いと思っているので、遣隋使や遣欧使節団じゃないけれど、志ある者を実際にそこに連れて行くのがいいと思うんですね。観光旅行と勘違いしないレベルの、志ある者を。
それを終えた上で 「いま環境が…」 と言っているのならまだしも、コピーライターやアイドルにゴミの出し方からイチイチ説教されたかねえよという気持ちで (またいつもの方向に行ってるよ ! )

帰国した勝海舟や福沢諭吉にはたぶん説得力があったと思うんですね。
「けっ、なにカブレてやがんでい ! ……えっ ? 本当に見てきたの ? あ、そう……」 という。

こないだもインチキリサイクル問題で環境大臣が突き上げられてましたが、これでは説得力がなさ過ぎるよなあ。
少なくとも環境問題については、環境大臣なんかよりアルピニストのほうが信用できると思ったりしたのです。
耶律阿保機 VS スーパーはぼき
どうも。GDW の WEB 標準化と総スタイルシート管理体制を進めている久川です。

なぜ GDW から始めたのか。
それは、アレが終わればもうコワイいものなんか無いから。

あのサイトは 1999 年の開設当時 Netscape Composer というソフトで作られていて、それからホームページビルダーとなり、Dream weaver となって、もはやソースの整合性なんか無視というより、完全に諦めて作られていました。属性としては、ホームページというよりフランケンシュタインの仲間です。

パンドラの箱を開けてみると、まあ無駄なタグが多いこと多いこと。
一括置換でどうにかなるレベルを越えていた (考えるよりゼロから作っちまったほうが早い) ので、再構成することに。久しぶりに真面目にタグ打ちしてます。
クローラーの引っ掛かりは良くなるような気はしますが、テキストをそのまま拾ったので、所属軍隊の色とキャラ分類の画像が消えてしまいました。どうしよう。

とりあえず、現行の GDW7 のデザインをそのまま移して、なにかパワーアップさせる気配を感じたら、デザインとタイトルを変える予定。

それはそうと。

いわゆる 「一発屋」 と呼ばれる芸人さんたちに、関西弁が少ないことを今さっき気付いたりして。
「なんでやねん !」 と 「なんでだよ !」 で、生まれる笑いの数がこうも違うのは何故か。世の中にこうも関西のお笑いが蔓延っていることを考えると、「関西弁イコール面白いこと言ってる」 という刷り込みでは説明できない何かがあるわけで、語義は一緒で語感が違うだけの同じ大和言葉にありながら、こうも結果が異なるのは何故なのだろうと、一坂東者として思考してみるわけなのです。

ウィトゲンシュタインじゃないですけど、語りえぬ面白味成分みたいなものが入っているのではないかと。
ウィトゲンシュタインはそんなこと言ってないけどな。

おそらく関西弁というのは、近代以前の関西を生きるのに最適化された言語なんだろう。
一方、東西南北の言葉をごちゃ混ぜにして地方色を消した "標準語" というものが、きっと近代日本を生きるのに最適だった反面、それ以前の歴史が消されてしまった。
つまり関西弁は、歴史をたっぷり含んでいるから面白い。関東で対抗できるのは歴史ある江戸弁ぐらいしかなくて、栃木や茨城の言葉では笑いではなくケンカになるし、もっと北上すると何言ってるのか本格的にわからなくなる。普遍性のない言葉では全国津々浦々までは笑わない。

そんなこと考えていくと、アレは誰が発明した喋り方なんですかね。
戦前の帝国議会なんかの映像で、特徴的な抑揚のある甲高い声で 「わたくしはかくの如く考えておるのでありますからしてー」 って、方言にも聞こえないし、やっぱり誰かが始めにやりだしたのをマネしてたんでしょうね。
( マイクの性能が良くなったから無くなったのか ? )

吃音の子の真似をしているうちに吃音になる子がいるそうですが、影響力のある人間が特徴的な喋り方をすれば、フレーズだけでなく喋り方まで流行らせることができるのでしょうな。

今日はそんなお話。
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